35分並んで待って登頂記念撮影。右端が二等三角点。
8時9分富士宮口山頂郵便局前にて。
30日六合目まで20分、六合目から山頂まで3時間53分、登り4時間13分だった。
剣ヶ峰の山頂撮影を待つ時間、体を冷やさない様にアウターを着た。
山麓より22℃低いが、猛暑で甲府は38℃あり、山頂も16℃前後なので歩くと暑い。
8月に雪が降ることがあるので、天候が悪ければ最高気温でも5℃位。
標高がずば抜けて高いため、日本一涼しい避暑地。
ここが日本一高い「山頂」で、二等三角点のある3775.63mより約1m位高い。
希代の暑がりは、記念撮影後すぐにアウターを脱いだ。
山頂から火口壁(北西)を望む。
富士山の登山道は西側には無い。
9時再び火口を時計回りに歩き始めた。
中央やや左が富士宮口山頂の神社や郵便局。
右端が剣ヶ峰。
北西に南アルプスが何とか展望出来た。
甲斐駒、北岳、仙丈ヶ岳等山座同定とともに懐かしい想い出に浸る。
仙丈ヶ岳から北岳と富士山の日本一、二ショットは半切写真を我が家に飾っている。
火口周回散策、34年前は右下まで下りられたが今は通行止め。
左のピークが白山岳3756mだが、登山道は通じていない。
中央やや右が吉田口山頂の神社や山小屋。
火口の雪と火口壁の切れ目(中央右)が御殿場コース合流点。
中央を左右に通る道は火口を覗き込めるが、通行止めなのが残念。
火口の北北東へ周り、34年前に登った吉田口コースを見下ろす。
残念だが富士五湖は雲で見えず。
富士五湖まで標高差2800mの展望に感動した記憶を更新出来なかった。
バッジを買って、「18.7.31」と打刻して貰った。
34年前にはメダル打刻機があり「59.8.29」(昭和59年(1984年))と打刻。
34年前には無かった須走口下山道の標識。
吉田口と須走口は山頂が近接している。
同様に御殿場コースと富士宮コースは近接している。
右の剣ヶ峰に向かう親娘、小2と伺った。
長女とは富士登山はしなかったが、20年前の長女の姿を想い出した。
火口の南東の切れ目に御殿場コース。
8月5日登山レースが行われ、標高差2336m11kmを2時間半で走る。
以前は往復レースだったが、下山で骨折事故が多発したので登りのみ。
火口周回でプリンスルートと合流したことになった。
休憩後、10時18分下山を開始した。
待ち時間や休憩を含め2時間9分山頂火口を満喫した。
富士登山は高山病にさえ気をつければ、3歳児でも登れる「遊歩道」。
家族登山を長年続けた私にとって、多くの子供達の姿に和む。
山小屋に物資を運ぶブルドーザー。
かつては強力と呼ばれる人達が荷揚げしていたのだが、今は姿が無い。
下りはゴミや従業員の洗濯物等を運ぶ。
ヘリと違って、天候に左右されにくいという。
八合目にイワツメクサが咲いていた。
数少ない高山植物の一つ。
11時53分、七合目御来光山荘で1本500円のジュースを飲んだ。
12時12分、下山は2時間かからず六合目へ。
この後、左上のガスに視界が無くなった。
六合目雲海荘で昼食、きつねうどん(700円)を食べた。
ビールを飲みたかったが、ここは我慢が必要。
12時53分富士宮口五合目、富士登山を完了した。
雨が降り始めた。
13時発のシャトルバスに、雨に濡れること無く乗車出来た。
富士山スカイラインの植生はカラマツが主で、マイカー規制前に問題になった立ち枯れは見当たらなかった。
三合目標高2000mの標識に、この山の大きさに思いをはせた。
三合目は羊蹄山の山頂より高く、山の大きさも日本一と実感した。
広大な水ヶ塚駐車場から富士吉田市へ。
HOTEL MYSTAYS Fuji Onsen Resortにチェックイン。
新築で気持ち良く、Hiroのお気に入りとなった。
必要十分な広さと快適でお洒落な空間。
おまけに最上階なので、展望温泉も同じ階にあり便利。
二日分の汗を流した。
翌朝5時に入浴した時は、富士山と富士急ハイランドの展望が素晴らしかった。
ホテルから歩いて5分、富士急ハイランド駅近くの焼き肉屋で、最高の富士登山を祝して乾杯!
予備日前日のため、素泊まりでフレキシブルに対応できる様にしてあった。
同じ敷地のローソンでつまみと翌朝の食事を買って帰った。
山中湖で買って飲まなかったワインを飲みながら写真を整理した。
ホテルのWi-Fiはリスク排除のため使わず、iPhone6+でネット接続。
翌朝Hiroが起きる前に、夏旅行1日目の記事をアップした。